カッシーワという旅人がいます。
退魔の勇者であるリンクに勇者の祠についてのヒントを与えてくれる、リト族の吟遊詩人です。
100年前ならいざ知らず、シーカー族でもない現代の方がどうして勇者の祠に詳しいのでしょう? そう思っていたのですが、最近その謎が解けました。
「私の師匠はゼルダ姫に恋をしたシーカー族の吟遊詩人だったのです」
ファッ!? シーカー族の吟遊詩人…知っています。確かにあの方であれば、私たちが「この祠はどうやったら中に入れるのでしょう?」と首をかしげていたことを知っていてもおかしくはありません。
「師匠は退魔の剣を持つ近衛騎士が命をかけて姫を守るのを見、そしてゼルダ姫がその近衛騎士を回復の眠りにつかせたのを見て、吟遊詩人としての自らの役割を悟ったのです」
すなわち、退魔の勇者の目覚めを信じ、祠の伝説を歌として残すこと。
カッシーワは志半ばで亡くなった吟遊詩人の跡を継ぎ、いつか現れる勇者に祠の謎を伝え聞かせようと、それが無理なら祠の歌を現地の人に根付かせようと、各地を転々としていたのでした。
…北と南に分かれてシーカー族の技術を途切れさせず伝承する古代研究員、あらゆる馬宿に足を運んで商品を売ってくれる商人、私が撮ったウツシエの場所を特定してくれる旅慣れたご老人、新しい村を開拓する建築家、その村の発展に寄与する技能者たち…。
こんなにも多くの人々が、世界のために、リンクのために、自分にできる精一杯のことをしてくれている。
この話を聞いた時、私の中に、改めて不退転の覚悟が形成されていくのを感じました。
私は一人だけど、独りじゃない。誰の助力も得られないけど、平和を願うすべての思惟を追い風とすることができる。
…徒歩で。走って。飛んで。泳いで。馬で。バイクで。時を越えて。もうすぐそこまで、私の勇気がやって来ている。
そう、今もハイラル城の私の部屋や研究室、お父様の隠し部屋で、興味深そうに過日の日記や忘備録を読んd…
…今現在世界一危険なハイラル城に遥々来てくれたあなたにこんなことは言いたくはないけどそれはさすがにプライバシーの侵害なのでやめて下さいお願いします!!!(※顔を覆う)
…ともあれ本日、当代の退魔の勇者がついに、ようやく、放浪に放浪を重ねた放浪の果てに、100年ぶりに、私と厄災ガノンの元に到着したのでした。
長かった…180時間くらいかかったでしょうか。
到着早々申し訳ありませんが、実はもうこれ以上ガノンを封じておくことができそうにありません。特に日記を読まれた最後のダメージがめちゃくちゃデカくてですね。
言った傍から、私の封印の力から逃れ、大きな繭の中から出てきてしまうガノン。ああ、すみませんごめんなさい!
強大な悪意がリンクを見据え、今までの鬱憤を晴らすかのように彼に襲い掛かっていったまさにその時…!
『言っとくけど君のためじゃないよ?』
『負けないで!』
『さあ、こいつを喰らいなガノン!』
『派手に行くとしようかね!』
リーバル、ミファー、ダルケル、ウルボザ。彼らが操る神獣が厄災ガノンに強烈な一撃を食らわせました!
すごい! 練習なしにしてタイミングドンピシャ、出力最大ながらリンクや城にかすり傷一つつけない精密なコントロール! さすが選ばれし英傑たち! さすえい!
すかさずマスターソードで残りの体力を削りにかかるリンクも「え、すご」という表情を隠せません。私だってびっくりです。針の穴を通すとはまさにこのこと。きっと100年、イメージトレーニングを重ねていたのでしょうね。彼らの中ではガノンは((365日×100年)+25日(※閏年))×2回(※午前と午後)くらい死んでいるに違いありません。
リンクのトドメの一撃に絶叫をあげる厄災ガノンは、そのまま消えるかと思いきや、なんと最後の悪あがきで魔獣とも呼ぶべき姿に変貌しました。なかなか往生際が悪いですね。
ですがご安心を。これあるを予期し用意していた私の秘密兵器「光の弓矢(※攻撃力100)」がウナります!(タン タララ ラーン!)
私、ちょっと変わったリンクの射撃スタイルを見るのが好きだったので、剣ではなく弓にしてみたんです。剣はマスターソードがありますしね。
「これは魔を打ち払う光の弓。あなたの勇気を信じています」
「…100…」
あれ、絶句されました。こ、攻撃力が低すぎましたか? すみません…でもマスターソードよりは高いと思うのですが…あ、流鏑馬がダメだったとか? ごめんなさい、馬から降りて走ってもいいですよ!
「ええと、私がガノンを抑えますので、光っているところを撃ち抜いてください」
「…」
マスターソードの試練はなんだったんだ、という呟きが聞こえた気がしましたが、リンクは託された弓で魔獣ガノンの右半身、左半身、腹をサクサク撃ち抜いていきました。さすがはがんばり狙撃職人です!
「最後は額です!」
「ド定番だな。さて、何を落とすか…」
「…ごめんなさい、多分ですけど、素材は落とさないと思います」
「やる気が半減しました」
「ガ、ガノンを倒したらハイリアの半分をあなたにあげます!」
「いりません」
みたいな会話を交わしつつ、ファイト一発、額に一撃、光と闇のエンドレスバトル終了のファンファーレが鳴り響きます。
リンクがガノンを可能な限り弱らせてくれたおかげで、私は100年越しに厄災を封印することに成功したのでした。
…、…、…、…(※感無量)。
お父様…お母様…ウルボザ…英傑のみんな…。私、やりましたよ…。
本当にもう!! 全人類お疲れ様でした!!!!!
「…ゼルダ姫ですか」
私の姿を見たリンクが、目で、言葉で、気配で私の身元確認をしてきます。
これでガノンの変装だったりしたら困りますから、当然といえば当然の対応ですよね。
あるいは彼の記憶は完全には戻っていなくて、私が誰なのか本当にわからなかったのかもしれません。
でも、彼の記憶があろうと、なかろうと。
「…私はずっと見守ってきました」
「…」
「だから私、信じていました。あなたが必ずガノンを打ち倒してくれると」
「…」
「ありがとうリンク、ハイラルの勇者」
見上げる空は青く、流れる雲は白く、飛ぶ鳥は高く、吹く風は清く。
ああ、なんて清々しいのでしょう。
100年ぶりに色鮮やかな世界に触れた私は、ハイテンションのままこう続けます。
彼の献身に彼の記憶の有無は関係ないけれど、それでも100年の眠りを経た彼がもしも私を覚えていてくれたなら、こんなに嬉しいことはないと思ったからです。
「私を覚えていますか?」
…この100年、封印の力を宿していた私は、妖精や精霊を見、デクの樹様の声を聞き、マスターソードに宿る精霊の存在を感じることができる、この世で唯一「勇者リンク」と並び立てる存在でした。
でも今の私は、妖精や精霊といった神秘を見ることができず、かつて何もできずに嘆いていた普通の姫の状態に逆戻りしています。
きっと私の中の女神の力は100年の年月で消え果ててしまったのでしょうね。
「…でも私、もう平気です」
女神の力が消え、封印の力が失われて、そこのあるはずのものが見えず、神秘の囁きが聞こえなくても。
あなたがいれば、たちどころに無きものも蘇る…そんな人が、これほど近くにいてくれるのですから!