歴代天皇の歴史

歴代天皇

 

!歴代天皇!

 

■神話~古墳時代
初代・神武天皇/前660年~前585年・75年間 天照大神の子孫。紀元前660年1月1日に即位
2代・綏靖天皇/前581年~前549年・32年間 ↓ここから
3代・安寧天皇/前549年~前511年・38年間
4代・懿徳天皇/前510年~前477年・33年間
5代・孝昭天皇/前475年~前393年・82年間
6代・孝安天皇/前392年~前291年・99年間
7代・孝靈天皇/前290年~前215年・75年間
8代・孝元天皇/前214年~前158年・56年間
9代・開化天皇/前158年~前98年・60年間 ↑ここまでが実在が疑われる「欠史八代」
10代・崇神天皇/前97年~前30年・67年間
開化天皇の子
11代・垂仁天皇/前29年~後70年・99年間
崇神天皇の第3皇子
12代・景行天皇/71年~130年・59年間
垂仁天皇の第3皇子。★ヤマトタケルの父
13代・成務天皇/131年~190年・59年間
景行天皇の子で、ヤマトタケルの異母弟
14代・仲哀天皇/192年~200年・8年間
ヤマトタケルの第2子
――・神功皇后/201年~269年・68年間
69年間の摂政(この時代、239年に邪馬台国の★卑弥呼が魏に使いを送っている)
15代・応神天皇/270年~310年・40年間
仲哀天皇と神功皇后の子だが、神功皇后が神話寄りなので、ここまでを神話の世界の天皇とする説も
16代・仁德天皇/313年~399年・86年間
ここより実在していた天皇。★仁徳天皇は応神天皇の第4子。困窮する民を見て3年間免税した人
17代・履中天皇/400年~405年・5年間
仁徳天皇の第1子
18代・反正天皇/406年~410年・4年間
履中天皇の弟
19代・允恭天皇/412年~453年・41年間
反正天皇の弟
20代・安康天皇/453年~456年・3年間
允恭天皇の子。色々あって従兄弟に殺害される
21代・雄略天皇/456年~479年・23年間
安康天皇の弟。国力の充実に力を注いだが、かなりの暴君でもあった
22代・清寧天皇/480年~484年・4年間
雄略天皇の子。子を産まなかったので、これ以降は履中天皇の系統に移る
23代・顕宗天皇/485年~487年・2年間
履中天皇の孫。兄弟の弟の方
24代・仁賢天皇/488年~498年・10年間
履中天皇の孫。兄弟の兄の方
25代・武烈天皇/498年~506年・8年間
仁賢天皇の子。結構残虐。皇子も皇女ももうけないまま崩御した
26代・継体天皇/507年~531年・24年間
★第15代応神天皇の5世の孫。探し出されて58歳で即位。仁賢天皇の皇女を妃に迎え入れる
27代・安閑天皇/531年~535年・4年間
継体天皇の第1子
28代・宣化天皇/535年~539年・4年間
継体天皇の第2子。大伴、物部、蘇我を大臣とする。新羅に攻め込まれた任那に救援の兵を派遣
■飛鳥・奈良時代
29代・欽明天皇/539年~571年・32年間
継体天皇の第3子。大伴氏が失脚した後、物部氏と蘇我氏の対立の渦中に置かれた
30代・敏達天皇/572年~585年・13年間
欽明天皇の子。伝来した仏教の崇拝と排斥をめぐる対立が激しかった頃
31代・用明天皇/585年~587年・2年間
欽明天皇と蘇我稲目の娘の子。病で亡くなる。★聖徳太子の父
32代・崇峻天皇/587年~592年・5年間
用明天皇の弟。蘇我馬子が欽明天皇の子を殺害して皇位に就けた天皇で、その後馬子に暗殺される
33代・推古天皇/592年~628年・36年間
初の女帝。欽明天皇の子であり、用明天皇の妹(共に母は蘇我馬子の妹)であり、崇峻天皇の異母姉であり、敏達天皇の皇后。その血筋によって中継ぎの天皇となる
34代・舒明天皇/629年~641年・12年間
敏達天皇の孫。蘇我蝦夷によって聖徳太子の子を抑えて天皇となる
35代・皇極天皇/642年~645年・3年間
2回目・2人目の女帝。舒明天皇の皇后。この時、★大化の改新が起きる
36代・孝徳天皇/645年~654年・9年間
皇極天皇の弟。大化の改新の立役者である★中大兄皇子★中臣鎌足の熟成期間の天皇
37代・斉明天皇/655年~661年・6年間
孝徳天皇の姉。つまり皇極天皇が62歳で重祚した3回目の女帝
38代・天智天皇/668年~671年・3年間
舒明天皇と皇極/斉明天皇の子。いわゆる中大兄皇子。白村江の戦いに敗れて防御に全振りする
39代・弘文天皇/671年~672年・1年間
天智天皇の子。乱により自害
40代・天武天皇/673年~686年・13年間
天智天皇の弟。天智天皇の子である弘文天皇と彼との間の戦いを★壬申の乱という
41代・持統天皇/690年~697年・7年間
4回目・3人目の女帝。天智天皇の娘で、天武天皇の妃。後に孫を即位させ、初の上皇となる
42代・文武天皇/697年~707年・10年間
天武天皇と持統天皇の子の子(孫)。★藤原不比等の娘を妻に迎えたことが藤原氏の台頭につながる
43代・元明天皇/707年~715年・8年間
5回目・4人目の女帝。文武天皇の母が中継ぎとして即位した。和銅開珎の人
44代・元正天皇/715年~724年・9年間
6回目・5人目の女帝。文武天皇の姉が中継ぎとして即位した。未婚の皇女が即位した初の事例
45代・聖武天皇/724年~749年・25年間
文武天皇の子。24歳でようやく即位。天然痘の猛威に心を痛めて15メートルの東大寺仏像を造立するが、財政事情悪化、農民の負担増で餓死者を出すなど、社会情勢を悪化させた
46代・孝謙天皇/749年~758年・9年間
7回目・6人目の女帝。聖武天皇の娘。実権は母の光明皇太后と藤原仲麻呂が主導
47代・淳仁天皇/758年~764年・6年間
天武天皇の子の子(孫)
48代・称徳天皇/764年~770年・6年間
8回目・6人目の女帝。孝謙天皇が重祚。道鏡という僧を寵愛し、政局を混乱させる
49代・光仁天皇/770年~781年・11年間
天智天皇の孫。62歳で即位したが70歳になっても元気だった
■平安時代
50代・桓武天皇/781年~806年・25年間
光仁天皇の第1皇子。母はかつての百済王の子孫。色々あって平安京に遷都。★坂上田村麻呂を征夷大将軍に任命、蝦夷討伐に向かわせる。後の★桓武平氏(平家)の祖
51代・平城天皇/806年~809年・3年間
桓武天皇の第1皇子。財政難を立て直したが妻の母を寵愛する。病弱だったため弟に皇位を譲る
52代・嵯峨天皇/809年~823年・14年間
桓武天皇の子で平城天皇の弟。坂上田村麻呂に助けられて諸々のちょっかいを制圧する
53代・淳和天皇/823年~833年・10年間
桓武天皇の子(平城天皇・嵯峨天皇とは腹違い)
54代・仁明天皇/833年~850年・17年間
嵯峨天皇の子
55代・文徳天皇/850年~858年・8年間
仁明天皇の子
56代・清和天皇/858年~876年・18年間
文徳天皇の子。母が藤原良房の娘なので、9歳で即位した後、藤原良房が政治の実権を握る。この清和天皇の子から後の★清和源氏(源家)がうまれる
57代・陽成天皇/876年~884年・8年間
清和天皇の子。9歳で即位し、やはり藤原氏が摂政となる。性格に難があり、16歳で皇位を廃される
58代・光孝天皇/884年~887年・4年間
仁明天皇の第3皇子。54歳で即位し、3年ほど後に病で崩御する
59代・宇多天皇/887年~897年・10年間
光孝天皇の第7皇子。これ以上の藤原氏の外戚化を防ぐため、★菅原道真を抜擢する。遣唐使を廃止する
60代・醍醐天皇/897年~930年・33年間
宇多天皇の子。菅原道真を左遷させられ、再度藤原氏の権勢を許してしまう
61代・朱雀天皇/930年~946年・16年間
醍醐天皇の第11皇子。藤原忠平に政治を主導される。富士山の噴火、地震、★平将門の乱、藤原純友の乱などの騒動が頻発し、いずれも菅原道真の祟りと噂された
62代・村上天皇/946年~967年・21年間
朱雀天皇の弟で醍醐天皇の第14皇子。関白を置かず、自ら財政の健全化に努めた
63代・冷泉天皇/967年~969年・2年間
村上天皇の第2皇子。ぼーっとした人なのだが、祖父である藤原師輔に推されて即位した
64代・円融天皇/969年~984年・15年間
村上天皇の第5皇子。11歳で即位し、藤原氏が摂政となる。色々疲れて皇位を譲る
65代・花山天皇/984年~986年・2年間
冷泉天皇の子。17歳で即位し、2年後に退位する
66代・一条天皇/986年~1011年・25年間
円融天皇の第1皇子。祖父である藤原兼家が摂政となる
67代・三条天皇/1011年~1016年・5年間
冷泉天皇の第2皇子。★藤原道長の全盛期で、譲位を迫られ5年で退位した
68代・後一条天皇/1016年~1036年・20年間
一条天皇の子で藤原道長の孫。9歳で即位し、道長を得意の絶頂にさせる。29歳で崩御
69代・後朱雀天皇/1036年~1045年・9年間
一条天皇の子で後一条天皇の弟。どうしても政治の実権を取り戻せない
70代・後冷泉天皇/1045年~1068年・23年間
後朱雀天皇の子。藤原氏の言いなりで、朝政に関心を示さない
71代・後三条天皇/1068年~1072年・4年間
後朱雀天皇の子で後冷泉天皇の異母弟。藤原氏を外戚としない170年ぶりの天皇
72代・白河天皇/1072年~1086年・14年間
後三条天皇の子。退位後も上皇として40年も実権を握った院政の確立者
73代・堀河天皇/1086年~1107年・21年間
白河天皇の子。8歳の時に譲位され即位したが、白河上皇の傀儡に甘んじるしかなかった
74代・鳥羽天皇/1107年~1123年・16年間
堀川天皇の子。白河上皇に実権を握られ続けたが、白河上皇が亡くなると自分が院政を主導した
75代・崇德天皇/1123年~1141年・18年間
鳥羽天皇か白河上皇の子。鳥羽天皇/上皇の意向で5歳で即位し23歳で異母弟に譲位させられる
76代・近衛天皇/1141年~1155年・14年間
鳥羽天皇の子。病により17歳で崩御
77代・後白河天皇/1155年~1158年・3年間
鳥羽天皇の子。即位3年で二条天皇に譲位。以後5代、30年に渡り院政を行う。★平清盛と組んで実権を握るが後に清盛のクーデターで幽閉、その後なんやかんやで衰退する
78代・二条天皇/1158年~1165年・7年間
後白河天皇の子。父の院政に実権を握られ続け、重病により23歳で亡くなる
79代・六条天皇/1165年~1168年・3年間
二条天皇の子。父の病気のため生後7か月で即位し、3年で譲位する。後白河上皇がみてる
80代・高倉天皇/1168年~1180年・12年間
後白河天皇の子。母が平氏系
81代・安德天皇/1180年~1185年・5年間
高倉天皇の子。平清盛の娘を母親に持つ。3歳で即位。その後、壇之浦で入水した
■鎌倉・室町時代
82代・後鳥羽天皇/1183年~1198年・15年間
高倉天皇の子。平氏が安徳天皇と★三種の神器と共に都落ちしたため、神器がないまま異例の即位。朝廷VS幕府の戦い(★承久の乱)に敗北、隠岐に流され、同地で崩御する
83代・土御門天皇/1198年~1210年・12年間
後鳥羽天皇の子。源道親の画策により4歳で即位し、後に弟に譲位する
84代・順德天皇/1210年~1221年・11年間
後鳥羽天皇の子。父の討伐計画に積極的に関与し、挙兵直前に子に譲位する
85代・仲恭天皇/1221年~1221年・0年間
順徳天皇の子。4歳で即位し、京方の敗北を受けて、約80日で退位する
86代・後堀河天皇/1221年~1232年・11年間
後鳥羽上皇の兄の子。急遽探し出され、10歳で即位
87代・四条天皇/1232年~1242年・10年間
後堀河天皇の子。2歳で即位し、不慮の事故により12歳で亡くなる
88代・後嵯峨天皇/1242年~1246年・4年間
土御門天皇の第2皇子。即位4年で子に譲位し、その後院政の制度化を進めた。親幕派
89代・後深草天皇/1246年~1259年・13年間
後嵯峨天皇の子(兄)。蒙古襲来に気を取られて皇統を定めなかったため、★北朝の祖となる
90代・龜山天皇/1259年~1274年・15年間
後嵯峨天皇の子(弟)。蒙古襲来に気を取られて皇統を定めなかったため、★南朝の祖となる
91代・後宇多天皇/1274年~1287年・13年間
亀山天皇の子。「両統を交互に」という提案のもと、まずは↑の(弟)の子が皇位につく
92代・伏見天皇/1287年~1298年・11年間
後深草天皇の子。↑の(兄)の子にバトンタッチしたが、交互にという約束を破り失墜する
93代・後伏見天皇/1298年~1301年・3年間
伏見天皇の子(兄側の血筋)。11歳で即位し、幕府の意向により3年で退位する
94代・後二条天皇/1301年~1308年・7年間
後宇多天皇の子(弟側の血筋)。17歳で即位し、7年後に発病後、1ヶ月ほどで急死した
95代・花園天皇/1308年~1318年・10年間
伏見天皇の子(兄側の血筋)。以後幕府は「皇位の継承は話し合いで決めて」と伝達
96代・後醍醐天皇/1318年~1339年・21年間
後宇多天皇の子(弟側の血筋)。討幕派。★足利尊氏などの活躍により鎌倉幕府が滅亡するも、なんやかんやあって三種の神器を携えて吉野に下り、南朝1代となる(南北朝時代)
97代・後村上天皇/1339年~1368年・29年間
後醍醐天皇の子。南朝2代。一時的に彼だけが唯一の天皇になった時もあった(正平の一統)
98代・長慶天皇/1368年~1383年・15年間
後村上天皇の子。南朝3代。北朝に対して強情。南朝の衰退著しい時代
99代・後龜山天皇/1383年~1392年・9年間
後村上天皇の子で長慶天皇の弟。南朝4代。北朝に対して温和であり、三種の神器を北朝に渡して約60年ぶりに南北朝の合一を果たすが、それが南朝の没落とも受け取られた
北朝1代・光厳天皇/1331年~1333年・2年間
後伏見天皇の子。室町幕府に擁立された天皇。結構連れ去られる
北朝2代・光明天皇/1336年~1348年・12年間
後伏見天皇の子で光厳天皇の弟。京都を制圧した足利尊氏に擁立され、三種の神器なしで即位した
北朝3代・崇光天皇/1348年~1351年・3年間
光厳天皇の第1皇子。15歳で即位し、3年後に正平の一統で退位する
北朝4代・後光厳天皇/1352年~1371年・19年間
光厳天皇の第2皇子。北朝の上皇と皇太子が南朝に連れ去られ、厳しい状況下で即位した
北朝5代・後円融天皇/1371年~1382年・11年間
後光厳天皇の子。
100代・後小松天皇/1382年~1412年・30年間
後円融天皇の子。南北朝合一が実現し三種の神器を引き継いで第100代天皇に
101代・称光天皇/1412年~1428年・16年間
後小松天皇の子。本来であれば南朝の天皇が継ぐところ、幕府の意向でこのような形になった
102代・後花園天皇/1428年~1464年・36年間
崇光天皇のひ孫。一揆、乱、飢饉、災害など即位中は波乱万丈。天皇時代ではないが★応仁の乱もこの時で、最終的に出家した
■戦国・江戸時代
103代・後土御門天皇/1464年~1500年・36年間
後花園天皇の子。応仁の乱からの戦国乱世で失意の日々を送る
104代・後柏原天皇/1500年~1526年・26年間
後土御門天皇の子。乱により金欠極まり、37歳に即位した即位式典を59歳に行うほどだった
105代・後奈良天皇/1526年~1557年・31年間
後柏原天皇の第2皇子。武将は下剋上、国土は天災、飢饉、疫病の暗黒期だった
106代・正親町天皇/1557年~1586年・29年間
後奈良天皇の子。★織田信長からの支援を受けて朝廷儀式の復興を叶え、約120年ぶりに上皇となった
107代・後陽成天皇/1586年~1611年・25年間
正親町天皇の孫。★豊臣秀吉の支援を受けていたが、★徳川家康からは何かと介入を受けた
108代・後水尾天皇/1611年~1629年・18年間
後陽成天皇の子。天皇家の外戚となって皇位継承に介入したい徳川家にイラつく
109代・明正天皇/1629年~1643年・14年間
後水尾天皇の子。約860年ぶり・9回目・7人目の女帝。彼女が即位することにより、徳川の血を引く男児には皇位が渡らなかった
110代・後光明天皇/1643年~1654年・11年間
後水尾天皇の第4皇子。11歳で即位し、天然痘によって22歳で急逝した
111代・後西天皇/1654年~1663年・9年間
後水尾天皇の第8皇子。次代・霊元天皇が成長するまでの中継ぎの天皇。
112代・霊元天皇/1663年~1687年・24年間
後水尾天皇の子。5代将軍・綱吉から多大な援助を受ける。譲位し、80歳近くまで君臨した
113代・東山天皇/1687年~1709年・22年間
霊元天皇の子。父と同じく幕府との関係は良好。★近代・現代の皇室はこの天皇の系譜となる
114代・中御門天皇/1709年~1735年・26年間
東山天皇の子。9歳で即位した後、父が急逝したため、祖父の院政下にあった
115代・桜町天皇/1735年~1747年・12年間
中御門天皇の子。1月1日生まれ!
116代・桃園天皇/1747年~1762年・15年間
桜町天皇の第1皇子。行き過ぎた尊王論を学び、幕府との関係悪化の危機を迎える。22歳で急逝
117代・後桜町天皇/1762年~1770年・8年間
桜町天皇の第2皇女で桃園天皇の異母姉。中継ぎの天皇で、10回目・8人目・現在のところ最新の女帝
118代・後桃園天皇/1770年~1779年・9年間
桃園天皇の子。22歳で皇子もなく急逝したことから以後皇統が移動する
■近代・現代
119代・光格天皇/1779年~1817年・38年間
113代東山天皇の皇子の系譜から即位。理想の君主像を模索する。在位38年、院政20年越えの幕末天皇
120代・仁孝天皇/1817年~1846年・29年間
光格天皇の子。父の譲位を受け18歳で即位。47歳に急逝する
121代・孝明天皇/1846年~1866年・20年間
仁考天皇の子。16歳で即位し、その7年後に★黒船が来航、攘夷の意思を示す。36歳で急逝する
122代・明治天皇/1867年~1912年・45年間
孝明天皇の子。父の急逝により14歳で即位。日本を一代で列強国とした。59歳で崩御
123代・大正天皇/1912年~1926年・14年間
明治天皇の第3皇子。日本史上初の外遊(大韓帝国)を果たす。療養のため晩年は皇太子を摂政とした
124代・昭和天皇/1926年~1989年・63年間
大正天皇の子。25歳で即位し、戦前/戦後の激動の時代を生きた。享年87歳
125代・明仁上皇/1989年~2019年・30年間
昭和天皇の第5子にしてはじめての皇子。55歳で即位。2019年、約200年ぶりに生前退位した
126代・今上天皇/2019年~
明仁上皇の第1子。59歳で即位。年号が令和になる
参考・ビジュアル百貨 写真と図解でわかる! 天皇〈125代〉の歴史(西東社)

 

 

●第126代、上皇陛下の呼び方
「○○天皇」という呼び方は諡(おくりな。崩御後の追号)なので、退位された上皇陛下を「平成天皇」と呼ぶことはない。
この場合は「上皇陛下」や「明仁(あきひと)上皇」と呼ぶ。
同じ理由で、新しく即位された天皇陛下を「令和天皇」とは呼ばない。
在位中の天皇のことは「今上(きんじょう)天皇」もしくは「徳仁(なるひと)天皇」と表記される。

 

タイトルとURLをコピーしました