小野小町は825~900年頃、平安時代前期9世紀頃の女流歌人。
六歌仙、三十六歌仙、女房三十六歌仙の1人にそれぞれ選ばれています。

六歌仙:紀貫之が選んだ、平安時代の優れた歌人6人のこと
三十六歌仙:藤原公任が選んだ、平安時代の代表的歌人36人のこと
女房三十六歌仙:↑に倣って選ばれた36人の女性歌人のこと
百人一首の第9番に選ばれた、
「花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせし間に」
(=いつの間にか、花の色もすっかりと色あせてしまいました。降る長雨をぼんやりと眺めているうちに)
(=絶世の美女だとちやほやされていたら、長雨の濡れた桜のようにいつしか色あせてしまいました)
という歌から相当な美女であったことがうかがえ、日本ではクレオパトラ、楊貴妃と共に「世界三大美女」の一人に数えられています。
(小野小町の代わりにヘレネー、楊貴妃の代わりに虞美人を加えることも)
あと、
- 有名な遣隋使・小野妹子の子孫
- 通説では出羽国郡司小野良実の娘。もしくは小野篁の娘。あるいは小野滝雄の娘とする説も
- 姉がいるとかいないとか
- 第54代・仁明天皇(833~850年/嵯峨天皇の子)に仕えていた?
- 彼女の生誕地候補や彼女のものとされる墓がべらぼうに多い(北は秋田県から南は熊本県まで)
- 東北・秋田新幹線の列車「こまち」、稲の栽培品種「あきたこまち」、秋田県秋田市の「こまちスタジアム」、秋田県湯沢市の「小町まつり」、秋田県秋田市卸町の「天然温泉ホテルこまち」、京都市の「ミス小野小町コンテスト」などなど、あちこちで名前を借りられている

秋田が多いね。
ちなみに小野篁(おのたかむら/802~853年)
→ずば抜けた文武の才能と「夜は地獄で閻魔大王の補佐をしていた」という奇抜な伝説を持つスーパーエリート官僚で、小野小町の父親、祖父、親戚のいずれかだろうと言われる歌人
なにはともあれ生粋の歌人!
歌風は情熱的で奔放な恋歌であり(ロマンチスト?)、そこから小野小町に関する多くの説話や伝説が生み出されました。

こんな歌を詠んだよ
| 思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを あの人のことを思いながら眠りについたのだから、夢に出てきてくれたのでしょうか。もしこれが夢だとわかっていたなら、目を覚まさずにそのまま眠り続けていたのに |
| かぎりなき 思ひのままに 夜もこむ 夢ぢをさへに 人はとがめじ 尽きることのない恋しい想いのままに、夜、あなたに会いに行こう。夢の中の通い路を行き来することくらいは、誰も咎め立てはしないだろうから |
| 夢路には 足もやすめず かよへども うつつにひとめ 見しごとはあらず 夢の中ではやすむことなくあなたの元へ通っているけれど、現実の世界であなたにお会いした時の素晴らしさには、どうしてもかないません |
| 秋の夜も 名のみなりけり あふといへば 事ぞともなく 明けぬるものを 秋の夜は長いという評判も名ばかりだったのですね。愛しい人に会えたなら、あっけなく夜が明けてしまうのですから |

とにもかくにも恋愛脳…

小野小町を題材とした「小町物」たち
| 能 小野小町を題材にした七つの謡曲、 『草紙洗小町』『通小町』『鸚鵡小町』『関寺小町』『卒都婆小町』『雨乞小町』『清水小町』 の「七小町」がある |
| 歌舞伎 ・『積恋雪関扉』(つもるこい ゆきの せきのと) 通称「関の扉」、歌舞伎舞踊(常磐津) ・『去程恋重荷』(さるほどに こいのおもに) 通称「恋の重荷」、歌舞伎舞踊(常磐津) ・『六歌仙容彩』(ろっかせん すがたの いろどり) 通称「六歌仙」、歌舞伎舞踊(義太夫・長唄・清元) ・『和歌徳雨乞小町』(わかの とく あまごい こまち) 通称「雨乞小町」、歌舞伎狂言 |
| 御伽草子 零落して老い衰えた小野小町を題材とした『小町草紙』。歌道と仏道を結び付けた修成作 |
| その他美術 鎌倉時代に描かれた、野晒しにされた美女の死体が動物に食い荒らされ、蛆虫がわき、腐敗して風化する様を描いた九相詩絵巻が、別名「小野小町九相図」と呼ばれている |

九相図→仏僧たちの煩悩(色欲)を絶つために作られた、「死んだら腐って骨になる女性にうつつを抜かすな」というメッセージ紙芝居。
小野小町(美女)の他に嵯峨天皇の皇后である橘嘉智子(たちばなのかちこ)(美女)の九相図も伝わっており、「いや…いやいやいや…」という感じ。自分たちの煩悩を絶つために美女を貶すのやめようよ…
↓ちなみにこう↓
| 荼毘に付される(火葬される)までの、死体が腐っていく九段階 |
| ①脹相(ちょうそう) 肉体の腐敗によってガスが発生し、死体が膨れ上がる |
| ②壊相(えそう) 死体の腐敗が進み、皮膚が壊死してボロボロになっていく |
| ③血塗相(ちけずそう) 腐ってボロボロになった皮膚の裂け目から、溶けてしまった脂肪や血液が流れ出す |
| ④膿爛相(のうらんそう) 死体の肉そのものが腐って溶け出す |
| ⑤青瘀相(しょうおそう) すっかり血の気もなくなった死体が、全体的に青黒くなっていく |
| ⑥噉相(たんそう) 死体に虫がわき、鳥や獣に食い荒らされる |
| ⑦散相(さんそう) 虫や鳥獣によって、手も足もバラバラに食い散らかされる |
| ⑧骨相(こっそう) 完全に腐りきって骨だけになった状態 |
| ⑨焼相(しょうそう) 人に発見された骨が荼毘に付されて灰になる、又は埋葬される |
「ススキと髑髏」という京都の民話(あなめ小町)もひどくて、
- 和歌の名手として名高い在原業平(ありわらのなりひら)が、ススキの原から
「秋風の 吹きちるごとに あなめ あなめ……(秋風が吹くたびに、目が痛い、目が痛い……)」
という歌を聞く - 業平が周囲を調べると、足元に髑髏(ドクロ)が転がっており、その目の窪みからススキが生えている。そのススキが秋風でゆれるたび、「目をグリグリされて痛い、痛い……」と髑髏が泣いていた
- 通りがかった村人が「そりゃあ小野小町だよ。昔は京の都でたいそう持て囃されたそうだが、歳をとったら落ちぶれて、故郷に出戻ったっきり、野垂れ死んでそのざまさ」と嘲る
- 「いや、そこまでわかってんなら供養してやれよ…。しかし、もしかしたら、故郷に帰って来ても過去の栄光が忘れられず、傲慢な振舞いでご近所さんと上手く行かなかったのか?」と思う在原業平
- ともあれ、髑髏の和歌に下の句を返してみる。
「小野とはいはじ すすき生ひけり……(これがあの小野小町か、などと笑ったりはしませんよ。あなたの最期は、生い茂るススキが隠してくれるでしょう)」 - 業平がそう詠んだら、髑髏の歌がピタリと止んだ
ここまで悪し様に言われるからには、さては相当性格が悪かったのか…と思うも、彼女の和歌からは「繊細で切ない感受性の持ち主」「一途で情熱的」「知識が豊かで教養がある」ということしか伝わってこず、一体どこでどう、こうも曲解されたものか…。
確かに、多くの男性から求愛されてもすこしも靡かなかったという伝承がありますが、それが「堅実」「自立」ではなく「冷淡」「男の純情を踏みにじる」と捉えられてしまうのはとんだ侵害 of 人権。
「あなたの愛が本物なら百日通ってきてください、と小野小町に言われ、雨の日も風の日も通い続け、九十九夜目に大雪で凍死してしまった」という深草少将の「百夜通い(ももよがよい)」というエピソードがありますが、これも実際の話ではなくあくまで創作の話。
それが「美貌を鼻にかけて男を振り回し、そのうちに自慢の美貌も失われて落ちぶれた」とされてしまうのは、なんとも気の毒な限りでございます…。

裁縫に使う「待ち針」の語源は小野小町にちなむという俗説もあって…。
言い寄ってくる多くの男に小野小町がなびくことがなかったため、穴(膣)のない女と噂され、ゆえに穴のない針のことを「小町針」と呼んだ、とあるんだけど…そんな受け取り方をされてしまうなんて、美人って本当に気の毒だよね…
おしまい。
