最澄・空海 ~7歳差の僧、何も起きないはずがなく(※普通に不仲)~

歴代天皇と日本史上の偉人たち ~えらい~

最澄(767~822年)※空海より7歳年上空海(774~835年)※最澄より7歳年下
朝廷が唐に派遣無名の留学生
19歳で僧となり、比叡在位で修業を積む24歳で儒教・道教・仏教についての本を著し、「今の俗世の教え、おかしいよな…」と疑問を呈する
804年(37歳)、空海と共に入唐804年(30歳)、最澄と共に入唐
長安には一度も立ち寄らず、天台宗の本家である天台山に籠り、翌年帰国長安の青龍寺に足掛け3年滞在し、本格的な密教を持ち帰る(本来は20年かかるところを2年でコンプリートした)
805年「天台宗」をひらく(比叡山延暦寺)816年「日本真言宗」をひらく(高野山金剛峰寺)
「命あるものは皆等しく仏になれる」と説き、「身分や家柄によって仏になれるかどうかが決まる」と考える奈良の僧たちと対立生きながら仏になり得るという教え、即身成仏を説く。また、828年「綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)」を設立し、庶民にも勉学の機会を与える
822年(55歳)、入滅835年、入滅(即身仏になったとも言われる)。死後に弘法大使の号を贈られた

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